上肢への施術

 前々回のブログ(眼病)で上肢の経絡について、少々触れたのを覚えておられるだろうか?


 と言っても、ついでに述べた程度であるから、どこかで一度詳しく書いておかねばならないと思っていた。なぜなら、上肢は考えられている以上に、諸症状の寛解に寄与する部位だからである。

 

 ある手の專門外科医は「我々の脳には、手で感じ、手を用いて築き上げ、発達させてきた事物や行動の記憶と概念が集積している」と実に含蓄のある言葉をその著作の中で記している。


 脳外科医ではなく、手の専門外科医だからこその発想だろう。

 

 そう、人間は手を使うことによって、こんにちの文明を築いてきた。動物で言えば前足に過ぎない部位を自在にあやつり、道具を作り、それを使いこなしつつ、厳しい生存競争を勝ち抜いてきたのである。


 獰猛な肉食獣からの捕食を免れ、というより、それらの肉食獣さえ道具を使うことによって、逆に捕食し、遂には食物連鎖の頂点に立つに至った。まさに手の中に歴史の記憶が宿っていると言っても過言ではない。脳の運動野に占める「手」の領域は他の器官を圧倒する所以である。

 

 さて、手は前腕と上腕とが絶妙に連動することによって、その自在性が発揮される。そういう意味で、手の負担は、前腕と上腕の負担と同義なのである。

 

 我々のような仕事はとにかく手をよく使う。手を使う以上、前腕や上腕にも負担がかかってくる。故に上肢への施術はこの上なく気持ちよく感じるし、その有用性がよく分かるのだ。

 

 ところが、その有用性を熟知しつつも、限られた時間での施術である。直接、痛みの原因となっていることが疑われる場合を除いて、上肢に時間をかけることはあまり出来てはいない。


 畢竟、上肢の施術のバリエーションは少なく、基本手技においても、入念というにはほど遠い流れとなっている。


 物理的に時間が制限されている以上、止むを得ないのであるが、ここ一番で(まさに上肢施術が適応となる症例において)、上肢の理解が成否を分かつ場合があるわけだから、研鑽するに如くはないだろう。

 

 卒業生においては授業を補う意味合いも兼ねて、熟読玩味されたい。

 

 上肢を意識して施術する場合は、喫緊の問題として、上肢に原因があるであろう予測の下に行うのが普通である。TP体系の中で考えれば、肩や肘、手指の痛みやシビレに対応する。それは教えてきたことでもあるわけだから、当然のことではある。


 しかし、そのことだけなら、何もわざわざ補足としてここに記述する必要はない。それ以外の機序で考えることによって、上肢の有用性は一層引き立つのだ。その機序とはいうまでもなく、経絡機序である。


 上肢には古典経絡こそ簡素化され、6経しか描かれていないが、実際は12経の走行があることは折にふれて述べてきた。一重に増永静人師の業績だということも繰り返し述べてきたところである。

 

 この上肢において全身の12経走行があるという概念を知るだけでも、様々な症例に適応させ、応用させることが出来ると思うが如何だろう?


 例えば、卵巣反応による肩こり(すでに述べてある)は、"証"でいえば必ずと言っていいほど脾-胃が関与する。これら脾胃の経絡は、古典においては下肢においてその走行を認めているが、上肢にその走行が描画されていない。「肩こり」というどう考えても上肢との関連が深いはずの経絡にも関わらずである。

(シャレではないがまさに片手落ちというものだ)


 しかし、ここに上肢においての脾胃の経絡を認め、その存在を実感できている術者がいたらどうだろうか?

 彼もしくは彼女の施術バリエーションは一気に広がるはずである。

 

 眼病の項目でも述べたように、眼は肝-胆経の支配が強い器官である。しかし、これも古典ではその走行を上肢に認めてはおらず、眼との関連性などあまりない大腸経を走行している「曲池」という経穴(ツボ)を眼病の特効穴としている。こんなことでは、経絡との整合性が保たれず、結局、経絡とは単なる概念にしか過ぎなく、重要なのは経穴(ツボ)である、という考え方が幅を利かせてくるだろう。事実、経絡の記載さえ省略されているツボの本が市販されているくらいだ。


 生体とは異質の強い刺激をピンポイントで与える鍼や灸であれば、その考え方でも通用するし、治療効果も上げようが、手技は生体との親和性が高く、走行ラインそのものを緩めていき、広範囲に経絡反応を起こすことによって治療効果を得るものであるから、省略された古典経絡ではどうしても使い勝手が悪いのである。したがって、手技による経絡治療はその効果が限定的であるが故に重視されず、単に「ツボ押し」療法になってしまっていた。


 そこに一石を投じ、コペルニクス的転回を成し遂げたのが増永師であった。 我々はこの業績を利用しない手はない。


 上腕後面(上腕三頭筋)のあるラインは胃経が通り、そのまま肩へと走行している。そこでそのラインを中心に上腕三頭筋を緩めていくと、肩周辺への施術だけでは、解しきれないコリを取ることができる。あるいは、解れた状態を長持ちさせることができるのだ。


 また、過労などで元気が出ない場合、上肢に腎経があると知っていたらどうだろう?疲労回復には足底の湧泉(腎経)が有名だが、実は上腕の腎経も非常によく効く。特に手をよく使う人にはてきめんの効果がある。


 このように、上肢に全身の12経が走行していることによって、様々な応用が生まれてくるのである。

 

 特に上半身系の症状には、よく効く。

 例えば、首、肩のこりや痛み。頭部、顔面感覚器官の症状。肺、気管支、心臓の機能障害。星状神経節が関わるところの自律神経失調などである。星状神経節の興奮を鎮めることによって緩和する病気は、難病を含め、非常に多いところから(現代医学でも認められている)、その応用範囲は極めて広い。

 

 大概の症状はTP体系の中で(応用も含め)、解決していけるだろうが、経絡機序を考慮した上肢の施術を意識することによって、守備範囲はさらに広がることは間違いないのである。


 というわけで、本年は、卒業生対象の勉強会(三水会)のテーマの一つとして取り組んでいきたいと思っている。

 

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