「ゲルソン療法」というものをご存知だろうか?
ガン治療の一つなのだが、業界人or本人若しくは身近な人がガンでもない限り知っている人は少ないと思う。
簡単にいうと、マックス・ゲルソンというドイツ人医師が考案した食事療法である。ネット検索をかければいくらでも調べることができるので、詳しく知りたい方はそちらのほうで参照されたい。
私は今ここで、その療法の是非、賛否を論じたいわけではなく、ゲルソン博士がガンの原因となる要因についての見解に大いに興味をそそられたので引き合いに出した次第である。
曰く「ガン化する初期の環境は内臓浮腫から始まる」
故に「ガン患者は塩分摂取の絶対的禁止」 という理屈に繋がっていく・・・
「ガンは内臓、それを取り巻く環境のリンパ流停滞から始まる」とハッキリ断定しているところにゲルソン博士の真骨頂があるのではないかと思う。 さらにそれが進むと内臓のむくみとなってガン発症の時計を進めてしまうことになる云々、ということらしい。
免疫の主体はリンパ球であるから、リンパ流停滞は直接的な免疫力低下を招く。仮に内臓という局部的な部位での現象であっても、その内臓そのものの免疫力が落ちるのは当然だから突拍子もない考えではないだろう。 そこに、ガン化のタネが宿り、ガン体質の者であればいずれ発症すると考えるのも自然で無理のない理屈である。
そこまでは良いとして、それをどうするか?
時計の針を逆に回すことはできないが、その時点でも食事療法よって内臓のむくみを取り去ることができれば、リンパ流の改善が図られ免疫力がアップする。結果、治癒へ向かう可能性が高くなる、というわけだ。
ゲルソン博士が課した食事の内容について是非を語る資格はないが、理屈は合っているような気がする。
さて、何故、食事療法の門外漢である私がゲルソン博士の理屈に興味を持ったのか。
ズバリ「内臓のむくみ」という概念である。
ではなぜ「内臓のむくみ」という概念が私的なツボにハマるのか?
すでに様々な機会を利用して発表しているところであるが、箇条書き的に再度述べてみたい。
1、日本の伝統医学において「腹は生の本なり」と言われ、腹証
は重要な診断基準であった(漢方の本家中国にもない独特の
もの)
2、また平安時代、按摩は別名「はらとり」と呼ばれ、腹部操作
を中心とした手技療法であった。
3、残念ながら、江戸時代に按摩が盲人専業となって腹部按摩の
伝統は失われたが、江戸時代中~後期、大田晋斎という医師
が自らの難病を腹部按摩によって治し、"古方に還れ"と腹部の
施術を広く啓蒙した。
4、その流れを組んで明治~大正期に按腹(あんぷく)は勃興期
に入る。例えば「指圧」という名称の創始者-玉井天碧の基
本手技は腹部操作が大きなウエイトを占めていたという。ま
た、小山善太郎という指圧師は当時の内務大臣の胃がんを腹
部指圧で治したということで、名声を得ることとなった。
5、「海賊と呼ばれた男」のモデルとなった出光興産の創業者-
出光佐三氏は二十歳までは生きられないだろうと医師から宣
告されていたが、自ら行う腹部按摩を習慣としてからは健康
体となって90歳を超えて尚、会社の指揮を執るほどの人生
を全うした。
つまり、これらの事実、エピソードは腹部の重要性を提起して
いるわけだが、まさに内臓のむくみを診断し、その解消によって問題を解決していたのではないだろうか?ということである。
もちろん、腹部には内臓だけではなく、腹筋群や腹膜などがある。特に小腸の下層にある腸腰筋の操作は腰痛に欠かせない。
しかし、古来より按腹は腹筋群や深層腹部筋のみならず、あるいは腹膜のみならず、内臓そのものに働きかけている。
なぜなら、按腹は腹の底に到達する深度を求めているからである。それは取りも直さず、深部リンパ流の改善を要求しているに他ならず、内臓そのもののむくみを改善することに貢献しているのである。そして期せずしてそのことが治癒機序の一つになっていたと思われる。
さて、私は増永静人師の著作によって腹証(按腹)を教えられ、来る日も来る日も腹部操作に明け暮れていた時期があった。
暗中模索の中、手応えを掴んだと思ったらスルリと手の中から滑り落ち、また振り出しに戻って考え直すという試行錯誤の連続であった。
経絡反応ゾーンが腹部のそれぞれの部位に配当され、それを元に腹部操作を行っていくのであるが、実は、私が按腹の真髄に達したと実感したのは、経絡概念のみではなく、腸腰筋の概念と内臓のむくみの概念を知ったときであった。
ことほど左様にゲルソン博士にはシンパシーを感じるのである(再度いうが彼の提唱する食事療法について評価する資格は持ちあわせていない)。
按腹はガンを治せると断じることはできないにせよ、内臓のむくみを取るには最良の手技技術ではある。 すると、少なくともガン発症のリスクは低減できるのではあるまいか?
ガンのことはさておいても、内臓由来、あるいは原因不明の難病に奇効があったとする先達の言い伝えや伝説はまさに真実であって、それが内臓のむくみという概念に裏打ちされていると知ったときほど痛快なことはなかったのである。
按腹をやっていると分かるが、人の身体の中で一番むくみやすいところは腹部なのである。大抵は顔や手足が一番むくみやすいと思うはずだ。しかし、それらの部位はむくみを感じやすいというだけであって、腹部には及ばない。
例えば、腹部の施術後、ベルトの穴の一つや二つ違ってくるのは普通にあるし、場合によっては三つほど違うこともある。
昔、これを脂肪燃焼効果と喧伝して、ダイエット効果を謳ってた一部のエステ業者がいたが、現在は過剰宣伝ということで表現が変えられている。
そう、脂肪燃焼ではなく施術のよる水分移動、つまりドレナージュ効果である。ことほど左様に腹部はむくみやすい。そのむくみやすい環境にある内臓が全く影響を受けないと思うほうが無理というものだ。
ゲルソン博士の考察はおそらく正しい。
内臓はむくむのである。
それが多くの疾病の発端となっているを臨床実感してきたし、何より自身の身体でそれを感じでいる。
私はある時期、心臓を悪くして入院したことがある。今はそんな病歴など頭あの隅にもないほど快調であるが、実は、疲労の極限や、寒さが厳しい折りなどに心臓の調子がおかしくなる。
それは、心筋梗塞の発作を連想させ、恐怖を伴うなんとも厄介で不快な状態なのだ。 一刻も早くその状態から脱したいと思うのは当然だが、一度、調子が狂うとそう簡単に治まってはくれない。 そんなとき、身体のどの部分よりも腹部の按圧が効く。
腹証における小腸反応ゾーンを深く按圧していると、あれほど不快であった水月から胸部の重苦しさがスーッとまるで波が引いていくように治まってくるから不思議である(正直な話、腹部の按圧によって私は2度目、3度目の心臓発作を免れているという実感がある)
そう、それを仕事にしている私のような人種でさえ、その著効に驚くこと度々なのだ。
ことほど左様に腹部の操作は神秘である。
もう一つの例を挙げておこう。
50代の女性。
主訴は腰痛。
それも半端ではない腰痛持ちで、若いころから一貫して腰が楽であった記憶がないという。そして年に何回かはギックリ腰様の症状で動けなることとのことであった。
TP体系、あるいは個別反応系統まで考慮して色々原因を探ったが、これだと思えるものがなかった。
そして、なかなか改善しない。近年、珍しい例である。
それでも来院して頂けていたのは、なんらかの希望を持っていたからに違いない。その期待に応えようと、こちらも必死である。 しかし・・・という悪循環であった。
4回目に来院され、大きな改善がないと聞いた時点で腹をくくったものである(これは、按腹を粘り強くやっていくしかないのではなかろうか・・・)
もちろん、腹部操作を怠っていたわけではない。 なぜなら、腹部からアプローチされる腸腰筋のトラブルは腰痛の原因の第2位であるし、その他の腹筋群が直接的に腰痛の原因となることも無視できないのだから。それでも、大きな改善も手応えもない、という経緯なのだ。
打つべき手は全て打った・・・さて・・・ ここに至って遂に、腸腰筋、腹筋群と概念を脱ぎ捨て、按腹そのものをやろう!と決意したわけだ。
まさに内臓のむくみを全部キレイに取り去るイメージで、入念に、かつ考えられる限り丁寧に・・・「貴きを待ちて日暮るるを知らず」を地でいくような施術法を用いた。
すると、術後、今までにはない手応えを感じた。
経験を積んでくると勘で分かるのだ。
案の定、次の来院時、大きな改善がなされていた。
それはほとんど完治に近いほどの寛解ぶりである。
かくして彼女は30数年ぶりに腰痛のない人生を取り戻した。
按腹の神秘性を再度垣間見た思いがしたものである。