顔面痛という奇病

 顔面痛といえば真っ先に思い浮かぶのが、字句通り「顔面神経痛」だと思う。正式には三叉神経痛という病名がついているのはご存知だろう。

 

 施術家として、幾度かこの病に対峙したことがあって、重症ならば実に手強い症例の一つである。

 

 さて、最近、顔面が痛むというクライアントから電話があった。右の頬骨付近が痛くてたまらないという。この段階では三叉神経痛の疑いがあることは言うまでもない。


 ただし、発症してから、さほど経っていないということだから、仮に三叉神経痛であったとしても、さほど回数を重ねることなく、緩和させる自信はあった。オファーを断る理由はない。

 

 ところが、来院した際、よく問診してみると、どうも、三叉神経痛の感じがしない。頬骨そのものが痛むというのだ。まるで打撲のように。

 

 ご存知かと思うが、三叉神経痛は表面を走る鋭い痛みが特徴である。深部に感じ、まるで骨の痛みであるような訴えは聞いたことがない。少し腫れているというから、よく観察してみると、確かに腫れているような感じもする。

 

「念のために聞きますが、どこかにぶつけたということはないですよね?」


 全く心当たりがないということであった。

 

 そこで、詳しく、発症前後の生活を聞いてみることにした。

 ちょうどお盆休みで、今年はどこにも行かず、自宅のソファーで一日中テレビ三昧だったという。そして、その生活を3日ほど続けたということが分かった。

 

「頭痛とかしませんでしたか?」

 

 頭痛はなかったが、左耳の後ろくらいに奇妙な疼きが起きて、それが段々と痛みに変わって言ったという。我慢できないほどの痛みではないが、実に不快な体験だったようだ。


 そうこうしているうちに、それが治まり、そして、右側の頬骨の痛みが始まったという経緯らしい。


 「ソファーで寝そべってテレビを観ていたんですよね?寝そべりながら頬杖ついたり、手で頭を支えたりして?」

 

 当然!という返事だった。

 

 (それだ!)

 

 私も寝そべりながらそのような姿勢を取ることがあるが、これは胸鎖乳突筋に非常に負担をかける体勢である。「耳の後ろの痛み」から始まったというところからも、まず間違いなく胸鎖乳突筋の関連痛だろう。内心、楽勝のような気分で施術していった。

 

 施術が胸鎖乳突筋のアプローチに移ると、相当に患部への響きがあったようだ。このことからも、当該筋の問題であることが分かる。ますます確信を深めた次第である。

 

 ここまで原因がハッキリしていれば、一発改善とまではいかないが、かなり緩和されるのではないかと思い、その旨伝え、お帰り頂いた。

 

 しかし!なんと!翌日にまた来た。
 これは予想外。一週間くらいという間隔を伝えてあったからだ。経過を聞くと、確かに、一時的に痛みは緩和されたようである。痛いときを10とすると3くらいまでに軽減されて、このまま治っていくような期待感が持ったとのこと。ところが、その晩にまた痛みがブリ返し、痛みで眠れなかったと訴えてきたのである。

 

 経験上、こういうケースには何度も遭遇しているので、慌てず、一番多いパターン、つまり少し調子よくなったら、すぐに元の生活習慣に戻ってしまうという愚を犯していないかを尋ねた。

 

 その人は真面目な人で、注意はよく守っていたらしい。

 

 では、かなり根強いTPが形成されていて、それが何度も再活性してくるタイプなのかもしれない。


 その旨を説明しようと思ったが、ちょっと待てよ・・・と。

 何か見落としているかもしれない・・・
 胸鎖乳突筋以外にも原因が・・・

 

 しばし、黙考して、(あっ!)テキストを開いて確認すると、ビンゴであった。外側翼突筋!

 

 めまい、耳鳴りの原因ともなり得るが、痛みとしては顎関節痛、そして、目の下頬骨のあたり、まさにクライアントが訴えている部位に痛みを送ることがある。


 実にうかつであった。発症に至る生活スタイルが胸鎖乳突筋を傷めるパターンにあまりにもドンピシャだったので、それ以外の複合的要因を考えもしなかったのである。これは大変申し訳ないことをしたとばかりに、今度の施術は外側翼突筋もまた入念に行った。

 

 一発改善に近いくらい随分楽になった様子。
 やれやれ、今晩は夜中に痛みで目覚めることないだろう。
 こっちも責任を果たした安堵感でホッとした。
 (その晩のハイボールが美味かったこと!)

 

 ところが!翌日にまた来院。今度はまた何事か!

 実は、ホントに楽になったらしく、夜も目覚めることなかったとのこと。


 では、何故?

 痛む場所が微妙に違ってきているという。
 頬骨そのものが痛い感じがしていたものが、頬骨の少し上に移動している様子。

 

 う~ん?
 そこは、眼輪筋ではないか。
 顔面痛は複雑な要因だというが、まさに、それを体現しているかのような症例である。

 

 眼輪筋ならば、普通の整体師なら絶対にアプローチしない部位、眼輪筋-上眼窩で鼻骨寄りの深い場所、ここにポイントがある。そこを押さえてみると、とても強い圧痛があるようだった。


 痛気持ち良い程度に圧力を調整して、何度もアプローチした。

 すると痛みがスーッと引いていったという。

 三度目の正直。こんどこそ、治癒に向かうだろう。

 

 事実、あれから、10日ほど経過しているが、痛みは出ていない。快適そのものであるということだ。

 

 結論からいうと、このクライアントの症状は、胸鎖乳突筋、外側翼突筋、眼輪筋のTPのトリプル活性だったということだ。

 

 元凶は胸鎖乳突筋であることは間違いないが、それだけの処理だと時間がかかっただろうと思う。

 

 三回の施術(結果的には三日)で治し得たというのは、三つの原因を全て処理したからに他ならない。試行錯誤があったにせよ、である。

 

 これがもし、適切な処置を受けられなかったとしたら、三回の施術どころか、数年に及び(下手すると十年というスパンで)、顔面痛の奇病として苦悩する可能性がある。

 

 副鼻腔炎と誤診されていたかもしれないし、三叉神経痛と診断され、長らく不要な治療を施される羽目になっていたかもしれない。我々が救える人達は、思いの外、多いのである。

 

 施術家として、発展途上なら仕方がないが、単なる怠惰による力量不足は、救えるはずの人もまで救えず、それはもはや罪でさえあるだろう。

 

 現代医療の中で、鬼っ子ような存在である我々だが、我々だからこそ出来る苦痛の除去もあるということを忘れずに精進しなければならない。

 

 そんなことをあらためて教えてくれた症例でもあった。

 

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