顎関節症

 顎関節症という症候名自体はよく聞くと思う。しかし、この実体の悲惨さを知っている者は医療関係者の中でも稀である。自身がその問題で苦しめられているのでもない限り。


 顎関節症で苦しんでいる人の約半数は、なんと5箇所以上の診療所、治療院巡りをしているという統計がある。さらに発症から5年以上経っている者が7割以上ということだ。つまり、問題が深刻かつ長期に及んでいるということを示しているのである。


 また、受診する診療科の多さも、この症候の際立った特徴を為しているといえるだろう。すなわち、歯科口腔外科はいうに及ばず、神経内科、整形外科、ペインクリニック、脳外科、果ては精神科にまで及ぶ。解決を求めて、転々とする様はまさに治療難民の様相を呈し、最終的には「気の病だ!」くらいにされてしまっては身も蓋もないではないか。


 現在、顎関節発症の要因として、不正咬合、歯列矯正後遺症、抜歯、顔面強打の既往歴、ムチ打ち、枕の高さの不都合、姿勢(特に頚椎の屈曲姿勢)、入れ歯、歯ぎしり、偏った咀嚼などが挙げられている。生まれつきのものもあるし、後天的な事由によるものもあるということだ。おそらく深刻化するのは、先天的な潜在要因がある中で、後天的な事由が発生するという不幸な要因な重なった結果ではないか思う。いずれにしても、すでになってしまって今その症状に苦しんでいる者に原因を講釈したところで、慰めにはなるまい。


 さて、顎関節を動かすとは、口を開け閉めすることに他ならなない。ここで開口時に使われる筋肉と閉口時に使われる筋肉の違いについて理解して置かねばならないだろう。


 口を開けるときには、外側翼突筋という筋肉と舌骨筋群という筋群が使われ、逆に閉じるときは咬筋、側頭筋、内側翼突筋という筋群が使われる。よって、開口時に制限があるのか、閉口時に制限があるのかの情報は、どの筋群に問題があるのかを示す手がかり、ヒントになる。しかしながら、開口と閉口は表裏一体の動きでもあるから、原因を決めつけて、そこしかやらないということにはならない。あくまでも参考に止めておいて、開口筋と閉口筋の両方の施術をすべきだろう。


 さらに、開口と閉口には直接関与してはいないが、頭蓋骨をしっかり固定しているという意味において胸鎖乳突筋の操作が不可欠になる(なぜなら、頭蓋の固定なくしては開口も閉口も不可能だからだ)

 

※胸鎖乳突筋、咬筋、外側翼突筋、さらに内側翼突筋もTP理論では直接的に顎関節の痛みを送る筋群である。また、僧帽筋やヒラメ筋といった顔とはかけ離れた部位にもが顎関節付近に痛みを送ることがあって、これらが顎関節症を混乱の極みに陥れている。
※ストレートネックの原因のほとんどは胸鎖乳突筋の短縮化によるものだが、そのストレートネックの者に顎関節症の発症割合が多いのは偶然ではない


 そして、頚椎の3番(C3)、4番(C4)の変移、弱化の問題も見逃せない。不思議なことに、開口障害はC3、閉口障害はC4の異常を確認することができる。代償的にこれらの関節のズレが起きてしまったのか、ズレがあるから顎関節症に至ってしまったのかを検証することはできないが、顎関節症の者は極めて高い確率で、これらの椎骨異常及び、不正滑走を見い出すことができるのである。


 さて、多年に及ぶ臨床において、顎関節症問題を扱ってきた。そして述べてきた事実を踏まえて、それぞれにアプローチすると、劇的に緩和するのである。顎関節症は決して、不治の病でもなく、ましてや精神疾患で片付けられるものでもない。総じて肉体的な要因に起因するのだ。つまり、施術家ならば誰でもその寛解に貢献できるし、いたずらに治療難民化するのを防ぐことができるということだ。


 ただし、積年の症状固定は関節軟骨を摩耗させているかも知れず、いっときの緩和はあっても、また症状が強まるということを繰り返すかもしれない。なにせ、咀嚼しないで顎関節の負担を減らすには流動食に切り替えるしかない。これは現実的には無理な話だ。また、歯ぎしりなどの無意識の習慣を意志の力で止めることが出来る人などいないだろう。これらの事情で、一時的に薬の助けを借りねばならないときもあろうし、専門医のところで、噛み合わせプレートを作ってもらわねばならないこともあるだろう。

 

 しかし手技療法はいずれの方法を採るにしても、その併用が害になることは一切ない。それどころか、急速に治癒が促進されていくことは何度も経験してきた。


 先に様々な診療所、治療院などを転々とする傾向があると述べたが、それならば、正しく顎関節症というものを理解している手技法家の施療を考慮に入れてはどうか。手助けできることは多いし、もしかしたら、それが治癒には必要不可欠の手段かもしれないのだ。


※残念ながら、手技が顎関節症に対応できる治療手段であることを知っている人は少ない。これは一重に我々業者側に問題がある。手技を長年、慰安の道具として行ってきたツケみたいなものだろう。今更、治療手段として優れモノであると訴えても、そもそもその力量を持った施術者が極端に少ない現状では、亀の歩みの如く遅々とした認知スピードだ。しかし、最後、亀はうさぎに勝つという寓話があるように、着実に実力のある施術家を育てることは意義あることだろう。否、そう信じたからこそ、続けてこれたようなものかもしれない。

 

追記
 このブログをあらかた書き終えたところで、顎関節症持ちのある受講生の既往歴を聞いた。子供のころ、股関節軟骨が壊死していくという奇病に罹り、それ自体は完治したものの、以来、股関節の状態がよろしくなく、長時間の歩行に耐えられなかったという。それを聞いたとき、(ははあ、なるほど・・この人の顎関節症の淵源を辿れば、そこに行く着くのかもしれないなぁ)と思ったものだ。

 

 股関節の問題は必ず仙腸関節問題となり、その歪みは最終的に胸頚移行部(C7)と頭頚移行部(C1)に応力転位する。すると頚椎アーチの頂点であるC3、C4の崩壊が進みやすい。そこに個別要件である噛み合わせ問題や歯ぎしりの問題が重なってくると、頑固な顎関節症に悩むこととなるのである。長年かけて、損壊していく典型例だ。完治は難しいが、リフレパならば日常生活に支障のないレベルまでの寛解状態を維持することができるので、よき整体に出会ったと思う。不幸中の幸いである。

※経絡的視点など少し今回とは違った角度で考察した記事をすでにアップしてある。「顎」という題名なのだが、興味のある方はそちらの記事も参照されると良いかもしれない。→「顎」

 

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